サイバーエージェントのW杯への投資。

こんにちわ。北見尚之です。

今回のサッカーワールドカップ(W杯)は、放送権料の高まりによって、
無料で視聴することが難しいという見通しでしたが、
その危機を救ったのが広告・ゲーム大手のサイバーエージェントの運営する
放送プラットフォーム「ABEMA」です。
同社は推定300億円を超えるともいわれる放送権料のうち、
約200億円(推定)を拠出して、全64試合を無料で視聴できる環境を整備しました。

日本は予選リーグでドイツやスペインといった優勝経験もある格上がひしめく、
「死の組 Eグループ」に入りここで日本が爪痕を残せなければ、
残りの決勝トーナメントは日本と関係のない国の戦いだけになり視聴が期待できなくなります。
しかし、日本代表チームの奮闘によって予選の試合は、
いずれもドラマチックな展開を生み出すこととなり、視聴者の熱量増加を加速させました。

日本は惜しくも決勝トーナメントでクロアチアに敗北、
突破が難しいとされたグループを1位通過したことで、ABEMAの視聴数はうなぎ上りに増加し、
ドイツ戦があった11月23日に開局以来初めて1日の視聴者数が1000万人を突破。
その後、コスタリカ戦があった11月27日に1400万、
決勝トーナメント進出を決めたスペイン戦の12月2日は1700万を突破するなど快進撃を見せました。

推定200億円ともいわれる巨額の放送権料の支払いを行ったとみられるサイバーエージェントですが、
今回のW杯投資は、「過去最大」とされ、同社のメディア事業であるABEMAは、
2022年度(21年10月~22年9月)の通期決算において前年比35.3%増となる1121億円の売り上げを計上し、
営業損益は124億円の赤字となりました。
赤字幅は前年比で27億円拡大していますが、赤字の伸び幅よりも売上高の伸び幅の方が大きいことから、
健全な先行投資が進行しているといえます。

サイバーエージェントの業績軸を見ると、ABEMAの「メディア事業」の他に、
同社のルーツとなる「広告事業」と、「ウマ娘 プリティーダービー」に
代表されるCygamesの「ゲーム事業」が収益の柱となっています。

トップの売上高は広告事業で、その規模は22年度で売上高3768億円にものぼり、
営業利益は244億円となり、ゲーム事業はウマ娘が21年度に流行した反動で減収減益となっているが、
それでも2283億円の売上高と605億円の営業利益を生み出しています。
つまり、広告とゲームという稼ぎ頭のビジネスで、既に849億円の営業利益を生み出しており、
ABEMAの赤字を加味しても会社全体では691億円と大幅な黒字企業となります。

そして、23年度は既に400億~500億円のレンジで最終営業利益を想定しており、
これはW杯のコンテンツ投資とゲーム事業の収益不確実性を加味した結果で、
22年度比で最大4割ほど減益する見通しをW杯開催前に発表しているいます。

よって、注目が集まる「200億円投資」は日本の決勝進出によって「勝ち」だと見なされていた節があるが、
今後発表される決算においてはそれによる減益が色濃く反映されることとなりそうです。
これにより、200億円の投資が「負け」だったという具合に見方が変わってくる可能性があるが、
中長期的な視点で間違いなく今回の投資は「勝ち」であったでしょう。

ABEMAの配信ページではアクティブな視聴数を確認できます。
W杯の枠では、アクティブな視聴数が試合当たり1500万~2000万人にものぼり、
これは単純に人口比で視聴率を考えたとき、15~20%に近い数値となります。

ABEMAでは、他にもお笑いコンビ・千鳥をメインに据えた「チャンスの時間」や、
民放と連動した「しくじり先生」といったバラエティ枠をはじめとしてさまざまな番組をリリースしています。
今回のW杯配信で獲得した新規のユーザーは、そのような他の配信コンテンツも視聴していくことが考えられます。
全体的な番組の視聴数が底上げされ、民放などと比較したプラットフォームとしての影響度が一段と増してくるでしょう。
そうなると、ABEMAの有料コンテンツの視聴増だけでなく広告を出稿する広告主の出稿金額も一段と増加していくはずです。

サイバーエージェントは大幅な黒字見通しであることを踏まえると、今回の投資を行っても赤字にすらならないが、
通常、数百億円規模の新規投資を行う企業は、単年で赤字に陥ってもおかしくない。
サイバーエージェントの今回の放映の投資を決断した背景には、同社の盤石な事業基盤が大きな要因であったと考えられます。

今回のW杯では、ABEMAが2000万人が同じ時間帯に視聴してもサービスが継続できるだけのシステムの盤石さも証明しました。
今後は投資の軸をシステム面からコンテンツ面にシフトしていく姿勢も、今回のW杯無料配信からうかがえます。

23年3月には野球の世界一を決定するワールド・ベースボール・クラシックWBC)が開催されます。
WBCも視聴者が無料で視聴できるようになるか、是非なってほしい、これからのABEMAの動向に注目したいところですね。

北見尚之